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理事長の部屋

 副籍交流という通学があります。障がいがあって、普通の小中学校に通学できず、特別支援学校に通っている小中学校の生徒さんが、地域の学校に行って授業を受けるというものです。特別支援学校はバスによる送迎がありますが、地域の学校へは自力で行くことになりますので、親御さんの付き添いが必須です。


 6月、杉並区立東原中学校で副籍交流の生徒さんが運動会に参加する際に、校長先生がとても素敵な取り組みをしてくださいました。区立中学の生徒さん達が中心になって、手足を動かすことが難しく話すこともできない障がい児の副籍交流の同級生が、どうしたら一緒に運動会に参加できるかを考え、実践してくれたのです。障がいのご本人もお母様も大変喜ばれていて、感動しました。


 その体験を踏まえ、10月に杉並公会堂で行われた同中学の「合唱祭」にも、同級生達が考えてくれて、前よりももっとバージョンアップした登場で参加することができました。この取り組みは、12月7日(日)セシオン杉並3階第8・9・10会議室で15時30分から行われる「トークライブ それならわたしもできるかも」の中で発表されます。ぜひ見に来ていただきたいです。


 この件で校長先生とお話しした際に、校長先生が「私は障がいを持つお子さんがみんなと一緒になって学ぶことは普通のことだと思っています。」とおっしゃっていて、だからこそ出来たんだなと感じました。でもこういった取り組みを、今までしてこなかった学校で新たに始めるというのは、なかなか大変だったのだろうとも思います。


 そして一番印象に残った校長先生の言葉が「この取り組みは、私が校長だからできたことだと思う。それだけでも、校長になった甲斐があります。」という言葉です。私は感動して泣きそうになりました。


 曲がりなりにも、NPO法人の代表をオロオロしながら務めている私ですが、「理事長をやってた甲斐があったわ!」と言える日が来ると良いなと思いました。

 
  • 8月20日
  • 読了時間: 2分

毎日暑いですね。青い空に入道雲が浮かんでいます。

私は入道雲を見るといつも思い出すことがあります。


かすみ草に入職してヘルパーとしての最初の仕事が、夕方1時間の移動支援でした。その利用者さんは知的障がいと歩行不安定があり、歩行機能の維持も兼ねて日中活動から帰ったあとに、手を取って近隣をお散歩するという支援です。


言葉は出ない方ですが、嫌なことがあるのか(何が原因かはよく分からない)時には泣いてしまったり、声を上げて笑ってくれることもありました。うつ向きがちな姿勢で顔を上げることが少なかったのですが、音楽がお好きで一緒に歩きながらヘルパーが歌を歌うとにっこりして顔を上げてくれたりしました。


暑い日も寒い日もこの移動支援を続けていて、私なりに少しづつ心が通じてきたように感じていて、気付いたことがあるんです。真夏のお散歩中、真っ青な空に入道雲が浮かんでいます。雲を指さして「あれは象さんみたいですね。あっちはソフトクリームみたい。」と話しかけていると、空を見てくれました。偶然かも?とも思いましたが移動支援の度に私の問いかけに雲を見てくれます。次の年もまた次の年も。なんとなく表情も和らいでいるように思いました。同じ支援に入っているヘルパーさんに「雲見てくれますよね?」と聞いても「そうですかぁ?」と言われ、私の時だけなのかな…と。だったら私だけとの特別なコミュニケーションなのか!と嬉しい気持ちで調子に乗っちゃいました。


その方とは10年以上移動支援を続けさせていただきましたが、体調を崩して残念ながら亡くなられました。足取りが不安定でも一生懸命歩いてくれた、眩しそうに空を見上げていた、公園のベンチで一緒にお茶を飲んだ、散歩の終わり頃ご自宅に向かう道になると急に歩くスピードを上げて(帰りますよー)と言わんばかりだった。言葉を交わすことはなかったけれど、会えばいつもこちらの気持ちをほっこりさせてくれた、優しい方でした。


本当にありがとうございました。もう会うことはできないけれど、大切な思い出はいつまでも心にあります。いま蝉の声を聞きながら、入道雲を見上げてあの日の移動支援を思い出している私です。

 

先月に続き、またまた電車内の話です。

通勤時間が長い上に、人間ウォッチングが好きなんですよね。


先日、新宿でちょっと混んだ山手線に乗りました。

私は空いたスペースを目指して車内中ほどに行って立っていたら、少し離れた座席に座っていた10代に見える女の子が目の前に立った高齢女性に「どうぞ」と言って席を譲るべく立ち上がりました。


するとその女性は「あ、良いです。三つ目で下りますから良いです。」と言って座ろうとしませんでした。


その方は白髪混じりですがとてもおしゃれな感じの高齢女性でした。立ち上がった女の子はちょっと残念そうに座り、高齢女性はそこには居づらかったのかドアの近くに移動しました。これって、なんとなく気まずい感じですよね。


今年のウィンブルドンテニス男子シングルス車椅子の部で、小田凱人(おだときと)選手が優勝しました。決勝戦の相手は小田選手とトップを争う、ライバルのイギリス選手です。


激戦を制した小田選手がインタビューに答えている中でこんな発言がありました。

「完全アウェイの試合で、負けたらダサいな。勝ったら俺ってやるっしょみたいな・・・(笑)」


スポーツ選手が「負けたらダサい」と言うのはなかなか聞けないかも。私はとてもすがすがしく感じたのです。そして世の中のことを「ダサい」と「カッコいい」に分けて考えてみてみるのもアリだと思ったのです。


例えば、


・自分中心で思いやりがないのは「ダサい」

・自分より弱い立場の人の身になって考えるのは「カッコいい」

・周りの目を気にするあまり当たり障りのない人生は「ダサい」

・自分の気持ちに正直に生きているけれど周りの意見は真摯に聞いているのは「カッコいい」


・・・とか。


こんな風に考えるのは自分の感覚だけなので、当てはまらないことが多いでしょう。

でも、ここは私の独り言の場なので言わせてもらえば、電車の高齢女性は「ダサい」と思います。

同じような高齢女性の私としては、ダサい人生は送りたくないな~、自分で自分をカッコいいと思えるように暮らしていきたい。

誰からもカッコいいと思われなくてもね。

 
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